無数の鳴子がぶら下がる不気味な一軒家
どれ、おれ自身の体験談をここいらでひとつ……
とはいっても、この話は途中までは「ヤバいところに来ちまったかも!」と思うのだが、オチは笑い話になり、
結局はスレチになる。まあ、オドロオドロしい話ばかりするのもアレだ。息抜きのつもりで読んでくだされば。
はるかな昔、おれは某P便で宅配便のアルバイトをしていた。主にライトバンでの集配の仕事。
受け持った配達エリアはとんでもない僻地だった。端的に言えば日本版チベットともいうべきド田舎だ。
ある日、やけに山あいに入りこんだ一軒家に荷物を届けにいかなければならなくなった。
国道から狭い石段をのぼり、山道を歩く必要がある。どうやら車から降りるしかない。
おれは荷物を抱え、石段をあがり、山道に足を踏み入れた。
周りは杉の木に囲まれ、昼間でもなお薄暗い。
しばらくテクテク歩いていくと、左前方に例の一軒家が見えてきた。
ところが様子がおかしい。
築60年以上ものオンボロ平屋なのだが、手前にある広めの庭先を、丈の高いトタンや板塀でグルリと囲ってあるのだ。
手製なのか、針金よりも太い番線で補強してある。
しかも、それだけじゃない。
その敷地内には、番線が縦横無尽に張り巡らされ、ビッシリと数えきれぬほどの鳴子(忍者屋敷に出てくる、昔の警報機)が、
ぶら下げてあるのだ。
物々しい雰囲気。家というよりまるで要塞だ。
まさかあの家から、頭のイカれた世捨て人のジジイが散弾銃をかまえたまま出てくるんじゃないか、気が気じゃなかった。
とはいえ、配達をしないわけにはいかない。どこかにバリケードの隙間がないか探してたときだ。
突然、おれは何かに足を引っかけ、前のめりに倒れた。しかも倒れた先に落とし穴があった。
かろうじて頭を打ち付けるのはかわしたものの、おかげで制服が泥まみれに。
なにが起きたのか理解できず、倒れたまま足元を見た。
針金が張られていた。まるで侵入者に対するトラップ。しかもコケた先に落とし穴を用意した念の入れようだ。
穴の中に先を尖らせた竹槍でも仕掛けられていたらアウトだったろう。
……しかし、今はベトナム戦時じゃないのだが?
そのとき、バリケードに取り付けてあったらしい戸が開き、老夫婦が出てきた。
「あれぇ……兄ちゃん、大丈夫かのう。わざわざこんなところになんの用で来てくださった?」
見るからに人の良さそうなじいさんが言った。
「まあ、ゴメンなさいね。ケガはしてない? あれまあ、宅配便屋さんかの?」
見るからに人の良さそうなばあさんが言った。
おれはポカンとして2人を見た。
カラクリはこうだ。
なんでも、この家の敷地内で作った農作物を、夜ごと巨体のイノシシが出没しては根こそぎ食べられるのが、
自給自足をしている老夫婦の悩みの種だった。
そこで敷地の周りにバリケードを巡らし、万一侵入された場合を想定して鳴子を仕掛けていたのだ。
あの針金と落とし穴もイノシシを捕らえるための罠だったらしい。(もっとも、そのわりには穴は浅すぎたが)
「まあ、そういうこった。兄ちゃんにはエライ目にさせちまったのう。事前に電話をくれてれば、
こっちから国道の方まで出向いてやったのに」と、じいさんはすまなさそうに頭をさげた。
おれは荷物を手渡した。服についた泥を払い、伝票を出しながら言った。「あの〜、それよりハンコ、お願いします」
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