先日の夜、嫁の父親さんが病院で死んだ。 
 葬儀を依頼する電話を入れ、遺体を実家に搬送するため、業者を呼んだわけだ。 
 同時に、親父さんの親族のおばちゃん連中も駆けつけ、さあ、とにかく実家へ行くかい!と病院の玄関まで集まったのに、 
 おばちゃんの1人がこう言うのだ。   
 「ご遺体を乗せた車は、決して○○岩の前を通ってはいけないのよ! あと、××神社も! だから裏道をこれこれこうして通りなさい! 
 あんた、道順、ちゃんとわかる? 間違えたらエラいことよ!」 
 世界遺産にも登録された○○岩の御神体はイザナギ・イザナミ神であり、有名な黄泉からの逃亡の話が絡んでいるからタブーなのだろう。 
 神社仏閣も同様に、死体=穢れだからにちがいあるまい。   
 それは承知したとして、気を改めて出発しようとすると、また例のおばちゃんが口を挟むのだ。 
 「まだ出発しない! ちょっとあんた、お父さんの病室へ行ってきて、一言声をかけてきなさい!」 
 「え……なんで?」と、おれ。 
 「本人が死んだことを自覚できずに、病室にとどまっているものなのよ。ツベコベ言わず、行ってきて声をかけてきなさい!」   
 せっかく寒い玄関先で看護士さんや夜勤の先生が待ってくれているのに、これには皆さん、仰け反っていたのが印象的だった。 
 おれと嫁は急ぎ足で4階の病室まで戻り、なかばやっつけ仕事的に、「あ〜、お父さん、そろそろ行くで。しっかりついてきて〜や」と、 
 何もない空間に向かって声をかけてきた。   
 嫁の実家は漁師町で(亡くなった義父も然り)、とかく風習にうるさい地区であることをこのとき自覚した。
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