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怖い島・いわくつきの村・総合


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367 2013/06/15(土) 10:31:43 ID:YQIgvgMn/s
     鬼の一瞬のスキを見逃さずワンショット・ワンキル 魔見ヶ島(まみるがしま)

……なんたる失態ッ! 
それは盲点。僕の住んでる地元の、ほんの近くにナイスネーミングな島があったとは、今の今まで気づかなかったのだ。
その名も『魔見ヶ島』。字面からしてオドロオドロしい。『魔性の者を見る島』とは厨二病そこのけではないか。

しかもその名を裏切らず、グッドな伝承が残されていた。ますらおぶりな島名にはそれに釣り合う由来があるべきである。
>>228で紹介した三重県熊野市の名勝奇岩『獅子岩』の近くには、天然記念物に選ばれ、ユネスコ世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部である『鬼ヶ城』
(こちらも奇岩)があり、さらにその沖合1.5kmのところに問題の魔見ヶ島はあるのだ。
国道42号線を車で通るたび、「あの3つコブのある島はなんなんだ……あの島の名前はなんていうんだろう……しかし、なぜか惹きつけられる島だなあ」
と、つねづね運転そっちのけで思っていたら、ある日その謎が氷解したわけである。

魔見ヶ島のふだんの顔は釣り人にとって絶好の漁場である。
イシダイ、ヒラマサをはじめ、マダイは最大90cm、クエも1m超えという記録がある熊野を代表する磯だそうだ。
しかしながら釣り人は撒き餌のオキアミでグチャグチャに汚してしまうその島に、まさか鬼にまつわる伝説が残されていたとは夢にも思うまい。
その伝説とは以下のとおりである。

今を遡ること1200年前。桓武天皇は坂上田村麻呂を将軍に命じ、伊勢・鈴鹿の悪鬼どもを征伐させに向かわせた。
そのとき鬼ヶ城をねぐらとし、悪行を重ね、熊野一帯を荒らしていた鬼たちがいた。田村麻呂はこれを討つべく熊野に馬を走らせたのだった。
(※言うまでもなく鬼とはメタファーである。一般的に鬼や土蜘蛛と称される怪物伝説は『まつろわぬ者(もしくは民)』を指す。
そして中央政権に反発する者は悪として描かれているのが常である。ここでは海の民、すなわち海賊の多我丸とその一族が鬼として祭り上げられたのだ)

その鬼たちは深山幽谷へ飛行して姿をくらませていた。田村麻呂は追討ちをかけるべく烏帽子山にのぼり、救いを求め観音の名を唱えた。
すると大馬(おおま)権現の天女が忽然と現われ、こう助言したのだ。
「あなたが追う鬼賊の隠れ家は海辺の岩屋(鬼ヶ城)に隠れています。ですが、岩がそびえ立ったうえ磯は波が激しく、
容易に近づくことはできないでしょう。けれども諦めてはいけません。辛抱強く待ち伏せするのです。そして神通の矢を放ちなさい」
天女はそれだけ告げると、白馬に乗って飛び去ったという。

その言葉に従い、田村麻呂は鬼ヶ城から離れた場所に身をひそめた。そしていよいよ決戦のとき。
夜が訪れ、不思議な現象が起きた。沖の魔見ヶ島がなんだか騒がしい。見れば島に童子が現れたと思うと、唄って舞っているではないか。
童子だけにとどまらず、軍勢も加わり大騒ぎしている。
外の騒々しさを何事かと思ったのであろう、鬼の大将が鬼ヶ城の岩戸を開けているところだった。

田村麻呂はその一瞬を見逃さなかった。すかさず弓に神通の矢をつがえ、引きしぼった。鬼大将の胸板を狙い、そして放った。
こうして鬼は一矢でしとめられたのだ。鬼も気高き誇りのなせる技か、仁王立ちのまま死んだという。
田村麻呂にとって大将を欠いた鬼の残党など、もはや敵ではなかった。

魔見ヶ島……それは鬼を征伐するのに、奇跡を起こした島だったのだ。


鬼ヶ城・魔見ヶ島 - 東紀州ほっとネットくまどこ
http://www.kumadoco.net/special/03_sea/kumano/04.htm...
坂上田村麻呂
http://www.geocities.jp/baronhiro2000/rekisi/tamura.ht...
鬼の国、異界日本
http://homepage2.nifty.com/sukecial/oni/index.ht...

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