人肉鍋の村「食っちゃった」
1945年2月、太平洋戦争末期に群馬と長野の県境に位置する尾沢村で起こった事件。
ただでさえ食糧難の時代背景にくわえ、山間部の痩せた土地である村で極貧生活をしいられていた家族がいた。
それが天野朝吉と、妻の秋子。2人は再婚同士ではあったが、ともに知的障害者だった。
また子供は4人おり、そのうち3人は秋子の連れ子で、一番年長(17歳)のトラが朝吉の連れ子だった。
トラも同じく、人と話ができないほどの重度の知的障害をもっていた。
夫の朝吉は怠け者でろくに仕事もせず、生活は日に日に悲惨な状況になっていくばかり。
秋子も内職をして家計を助けるほどの機転がきくわけでもなく、無為にすごしていた。
いくら戦時中とはいえ、山村ならば畑へ出て汗水を流して精を出せば、ヒエ、アワ、コンニャクぐらいは採れたものを、
近所から野菜くずを恵んでもらうなどして飢えをしのいできたにすぎない。
しだいに施しを受けていた近所からも見放されるようになる。
たった1本の大根が唯一の食料となったとき、秋子は夫がいない隙に決断する。
長女のトラは以前から持て余していた。重い障害をかかえただけでなく、図体ばかり大きいうえ飯は人一倍食べるし、
これまた家でゴロゴロするしか能がない。
食いぶちを減らすだけではない。その肉を食ってやろうと秋子の頭をよぎったのだ。
他の子供らを外に追い払うと、トラを絞殺。ノコギリと包丁で娘の身体を解体した。
ワタは庭先に埋め、バラした肉片を煮えたぎる鍋の中に放りこみ、残り少ない塩と醤油で味付けした。
鍋からは黄色い脂がアクとなって浮き出してくる。彼女は夢中になってそれを取り除き、なおも煮続けているうちに、
得もいえぬうまそうな香りが立ち込めてきた。
やがてすきっ腹をかかえて子供たちが帰ってきた。鍋を見て叫んだ。「かあちゃん、うまそうな鍋だな。なんの肉だ?」
秋子は満面の笑みを見せて、「ヤギの肉だべ。さあ一緒に食べよ!」と言った。
その後、終戦を迎え10月。村に戸籍調査に巡査がやってきた。空襲や移動などで、行方不明者の数が多かったせいだ。
巡査が天野家をたずねると、子供が3人しか見当たらない。
「長女トラはどこへ行った?」と巡査が問いただすと、秋子と朝吉は要領を得ない返事。
不審に思った巡査は署に連絡し、警部補を呼んだ。
警部補が取調べしたところ、天野夫婦の話が破綻だらけであることが発覚し、なおも追及。
頃合を見計らって、警部補は秋子を怒鳴りつけた。
「おい秋子! おまえウソをついておるな? トラはどうして殺害したんだ!」
秋子はビクリとし、しばらく言葉も出ず俯いていたが、やがて声をしぼり出し、こう言った。
「食っちゃった」
天野秋子は心神喪失を認められず、懲役15年の刑に処された。
※画像はイメージです。
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