「心」という幻想


▼ページ最下部
001 2017/06/16(金) 10:22:41 ID:GSUF/2MCsk
人間には「心」というものがあると多くの人は自覚している。
しかしながら、脳や、その他身体のどこを解剖して見ても「心」に該当する物質は発見されていない。
「心」があると多くの人が自覚している器官である脳は、どこまで解剖して分析してみても、結局入出力を繰り返すだけの一器官に過ぎない。
言うなれば機械である。
「脳」に「心」があるとするならば、「機械」にも「心」があるという事になる。
逆に「機械」に「心」が無いならば、「脳」にも「心」が無いという事になる。
また、ある閾値を越えた時に突然「心」と呼ばれるものが発生するというのならば、なんの科学的根拠もなくそれを主張するのは、それはもうオカルトである。
幽霊、妖怪、神などを肯定するのと、論理的にまったく同じ行為である。

「「自分」という「心」がある事を、「自分」は「自覚している」」というのは、根拠にはならない。
「「自分」は「神」を「見た」」という主張と同じだからである。

「心」があると主張する場合、「神」や「霊」などの存在を否定する事は出来ない。

返信する

002 2017/06/16(金) 11:30:54 ID:smp/wxyRlA
万物に心がある。抜けた髪、垢や爪はおろか、石、水、分子、原子にも。
世界は心だらけ。
ゆえに汎神論が正しい。
心を神や魂、霊と呼んでも何も変わらないから、
万物に、そして、どんな細部にも、神は宿り 、
決して失われることはないのだ。
消え失せるものがあるとしたら、「形」だけ。

返信する

003 2017/06/16(金) 12:27:24 ID:92a8JF4Pcc
いいスレです

返信する

004 2017/06/16(金) 19:14:08 ID:raV7DS.scg
「唯物論」と言うカルト的幻想

唯物論信仰と言うカルト信仰者にとっては心も物質現象であり神は妄想と見做す。
心がないならば、思想信教の精神的自由の保障など無意味である。
だから唯物論信仰に基づく共産主義は精神的自由を平然と踏みにじるのだ・・・。

返信する

005 2017/06/17(土) 09:00:53 ID:ISmsTNwrVE
「形」が創り出す「心」も、心と呼んでいる。
「形」の崩壊とともに消えてしまう儚いものを心と呼んでいる。
山にも、川にも、森にも、動物にも、植物にも、人間にも心がある。
アニミズムが感じているのは、その心だ。
これらはそれぞれの「形」に従った音色を発し、変形すれば音色も変える。
滅ぼされればどこかへ消え去る。二度と同じ音色は響かない。

返信する

006 2017/06/22(木) 18:11:24 ID:jqr/SqCbo6
自民党安倍内閣の閣僚先生方が推進する「靖国国家神道」に帰依しましょう。
日本で生き残る道はそれしかありません。
そろそろ消費税が法人税を上回り、貧乏人(奴隷)に国を支えさせる仕組みも整いつつあります。
国家財政の適正化を図り、貧乏人の欠食児童は子ども食堂ボランティアに育てさせるなど無駄な支出を抑えます。
将来、憲法全面改正後、国家神道は日本の国教となります。
赤紙が来て駆り出され、万一戦死しても安心できます。
皆さん、一日も早く「安倍神像」を崇めましょう!

返信する

007 2017/08/03(木) 22:17:59 ID:IPTGZ1Zbwg
人間の脳と言う水面に写った魂の光

それが心

返信する

008 2017/08/06(日) 11:20:31 ID:DBnuIa7L4o
下校時刻の哲学的ゾンビ
http://omocoro.jp/kiji/64616...

返信する

009 2017/08/06(日) 15:09:38 ID:9eQjzuoiUE
>>1

思考の前提が間違っています。
心を形ある物質と考える唯物論思考だから理解できないのです。
形ないものは全て幻影であればエネルギーも幻影となります。
これは完全な誤りであり科学を否定したカルト思考そのものです。
心は物質ではなく形の無いエネルギーの一種と考えればいいのです。

返信する

010 2017/10/19(木) 22:53:45 ID:KOMEV7Dp0.
心は幻想だが、1の言ってる理屈はむちゃくちゃだ
心とか自我とか言われるものは「記憶」のことだ
もうね、記憶=心と決め付けちゃっていい
全ての記憶を喪失すると心も消える

返信する

011 2017/10/20(金) 10:12:29 ID:ecES3gVXpg
>>10
>心とか自我とか言われるものは「記憶」のことだ

いやそりゃ違うだろ。
記憶という、いわゆるデータの事を心と言うなら、本もサーバーも「心・自我を持っている」という事になっちゃうじゃん。

返信する

012 2017/10/20(金) 22:16:50 ID:BhHaNgbRj6
有機体の脳内各部の連携が心だよ。
したがって、コンピュータで近似のモノを作り上げても、それは有機体ではないので心とは呼ばない。
ただ、精巧に作れば、見分けることは出来なくなるだろうけど。

しかも、心は海面上に突き出た「氷山」みたいなもの。
海面下の心(無意識)は、自分でも把握できない。
したがって、自分でも自分を理解できていない所は多々ある。

返信する

013 2018/01/04(木) 17:57:37 ID:xTHJgnQCuw
誰が有機体って条件付けしたの?その根拠は?

返信する

014 2018/01/04(木) 19:17:46 ID:GGCJRaOty.
心が幻想であるならば、デカルトの「我思う、故に我あり」も幻想であり無駄で無意味な思索であることを認めなければならない。
ついでにスレ主は何を言われようが酷評されようが罵倒されようが反応してはならない。
なぜなら心が幻想であるなら感情も幻想であるから怒ると言うことも幻想に過ぎない

返信する

015 2018/01/04(木) 23:50:38 ID:9WM6diRS8c
心は脳内で大域的アトラクターが起こって初めて生じる。
ただ記憶があっただけではHDDと変わりない。死んでいる人間の脳と同じ。

1秒間に何十回という、各種機関の神経伝達ループが繰り返されて初めて心が生まれる。
機械に途切れることが無い、そのループを組み込むことができれば心は生まれると考えられる。
今機械は人間の独立した脳領域の機能しか有していない。
記憶と、AIなら、視覚野とか聴覚野、運動野も手に入れつつあるが、それらを有して大域的アトラクターを起こした時自我が生まれる。

返信する

016 2018/01/05(金) 20:51:00 ID:TaowzpJ3m2
>>15

能書きはいいから実際にAI等の機械を自我に目覚めさせて見せてくださいよww

返信する

017 2018/02/19(月) 21:14:31 ID:hDa3Fv4MNo
自閉症の悲劇は、その症状そのものよりも、周りの無知な人間たちから誤解されてきたことにある。

まず、「自閉症」という言葉が悪い。
たとえば、「自閉症の子供」という言葉を聞けば、どうしても、
「なにか精神的に辛いことがあって、ココロを閉ざしてしまった子供」という印象を与えてしまう。

そして、実際、古くから、自閉症は「ココロの病気」とされ、幼児期に母親から拒絶されるなどの
「精神的ショック」から生じるものだと言われてきた。

そのため、自閉症の子供をかかえる親は、
「自分の育て方は悪かったばっかりに……」「私の配慮が足りないばっかり……」
と自分を責める傾向にあった。

また、周りの人たちも、
「親がロクな教育しなかったから、あんなふうに育ったんじゃないの?」「虐待でもしてたんじゃねぇーの?」
とその親を非難の目でみる傾向にあった。

しかし、近年の研究によれば、自閉症とは、「生まれつきの脳障害」であり、親の育て方や、本人の性格とは、
一切関係がないことがわかってきている。

以下は、自閉症についての認識を一変させた有名な「サリーとアンの実験」である。

「2つの箱がありました。サリーは、右の箱Aに、リンゴを入れて、外に出かけました。
意地悪なアンは、サリーがいない間に、箱Aからリンゴを取り出して、隣りの箱Bに移し変えました」

さて、この物語を見せたあと、自閉症の子供に次の質問をする。

「戻ってきたサリーは、リンゴを取り出すとき、どちらの箱を開けるでしょう?」

ここで論理的に考えるなら、「サリーは、リンゴが移し変えられたことを知らない」のだから、
『サリーは、まず、箱Aを探す』と当然答えるだろう。

しかし、多くの自閉症患者は、共通して「箱Bを探す」と答えてしまう。

なぜだろうか?

返信する

018 2018/02/19(月) 21:22:08 ID:hDa3Fv4MNo
近年、それが調べられ、実は、「自閉症患者の『脳』では、他人の視点を想像して推論する機能が働いていない」
ということが分かったのである。

ここに、自閉症という語感特有の「ココロを閉ざしている、引っ込み思案」などの性格的なものは一切ない。
単純に、脳に、その機能がないから、それができない、それだけの話だったのだ。

結局、脳みそという機械の問題なのであり、つまるところ、「テレビや冷蔵庫の回路が壊れている」 → 「正常に機能しない」
ということと同じで、そこに「ココロ」がどうとか、そういう妄想は一切いらないのである。
それを「ココロの病気」などというわけのわからない言葉でごまかしていたために、たくさんの誤解を生み、多くの人を苦しめてきた。

(追伸)
「サリーとアンの実験」で明らかになったのは、ワレワレが普段、当たり前で自明で普遍的だと思ってきた「論理」も、
実は、「単に脳の機能として発生している」にすぎない、ということである。

この、一見、自明そうな「物語」ですら、それを解釈するための機能を持たない人にとっては、まったく意味のわからないヨタ話にすぎないし、
「そんなの当たり前だろ!」と思っている人たちだって、脳のその部分を壊してしまえば、同じ物語が一瞬にして理解不可能なものに変わってしまうのだ。

ところで、一般的には、自分の「感性」や「性格」や「ものの考え方」というものを「自分とは決して切り離せない必須要素」
「自分を自分だと見なせる個性」として捉えていることが多い。
そのため、もしも、仮に、タマシイやココロが存在するならば、肉体という物質が崩壊しても、「今と、同じような感覚、感性」が、
そっくりそのまま残るだろうと思いがちだが、それはまったく不可能で絶望的なことである。

結局のところ、ワレワレが「これが自分だ」と思い込んでいる「感性、性格、ものの考え方」がすべて肉体に依存していることは、
明らかなのだから、ココロやタマシイやレイコンがあろうとなかろうと死後もそれが継続するだろうという考えは、まったくのナンセンスなのだ。

返信する

019 2018/04/15(日) 18:43:09 ID:giwi1kXNlA
唯物論者に心などない
心がないから唯物論者なのだ

返信する

020 2018/05/07(月) 01:00:07 ID:AxsMS/OGu2
1の文章は恥ずかしいな
脳をパソコンと考えれば、脳にもハードとソフトがあって、心はソフトだ
パソコンを分解してもエクセルとかのソフトが見つからないと言ってるようなもんだぞ1は

心=自我=魂は何かというと、メモリーの中の記憶だ
完全な記憶喪失になると、心=自我=魂も消えるだろ
まだ記憶のない赤ん坊には、心=自我=魂が無いだろ

人間が何かを見たり感じたときに、嬉しかったり、悲しかったり、色々な感情が湧いてくる
それは、過去のどこかの記憶を取り出して、それによって心が動いているものだ
心が動いているとは、過去の記憶を参照して、今起こっていることにどう対処すべきか処理していること

返信する

021 2018/05/07(月) 05:48:13 ID:iqgr2cuFBA
人間の心も物質現象であるなら、それを実験室で再現して見せるべきだ
出来なければタダのカルト的仮説としておくべき

返信する


▲ページ最上部

ログサイズ:24 KB 有効レス数:40 削除レス数:0





オカルト掲示板に戻る 全部 次100 最新50

スレッドタイトル:「心」という幻想

レス投稿

未ログイン (ログイン

↑画像ファイル(jpg,gif,png)