臨死体験・死後の世界


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018 2012/05/01(火) 22:00:30 ID:oF/mFvG2p.
それとこれは俺の個人的な仮説。

魚の群れなどを見ると感じる事だが、生物と言うのは本来「個々」ではなく
「種」が一つの単位の生物なのではないだろうか。
鰯の群れは個々が物理的に分かれているが、その群れが一匹の巨大魚の様に動く。
中枢的な何かを持っているのではないかと思うほど、見事な擬態だ。
これを、「本能的にそう動いているに過ぎない」と切り捨てるのは傲慢ではないだろうか?

種と言うのはもしかしたら、個体が何らかのネットワークを持ったひとつの肉体を
構成しているのかもしれない。

そう考えた場合、個々のデータを別場所に集積するのは「死んでいない他の同種」だと考察する。
つまり、ある個体Aが死亡すると、そのAを構成する情報A1+A2+A3+・・・が他の個体B,C,D・・・に
分散保存され、それが群れ全体つまり種としての情報となる。

A自体は亡失し二度と再構成される事は無いかもしれないが、A1、A2、A3・・・として
残り、保存した個体または次の世代への有利な情報となる。

人間で言えば、思想や理念などかもしれない。
我々はすべては知らずともガリレオやアインシュタインの思想思考発想の一端を知っている。
これは、精神こそが最重要構成要素と言える人間である彼らが「生き残っている」と
捉えることも、見方によっては出来る。
もちろん、思想思考だけでなく、近しい人間は感情や愛情も記憶保存している事だろう。
後の人間が、それらを意図的に取捨選択すれば人格を再構成する事も可能だ。

そしてその再構成した人格に触れた人間が、当時の人間が生前の彼に接して受けた
感銘と同じ感銘を受ける事が出来るなら、人間自体が再構成されたと言っても
過言ではないかもしれない。

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