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怖い島・いわくつきの村・総合


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273 2013/02/09(土) 21:48:21 ID:ip3wnsDOHI
     牛鬼を退治、その妖怪ハンターの末裔は今も健在 牛島

山口県光市の沖に浮かぶ牛島には血沸き肉踊る『牛鬼伝説』が残されており、牛鬼を倒したとされる英雄の墓まで残されている。

天文年間(1532〜54)、戦国時代のことである。
牛島には牛鬼(うしおに、ぎゅうき)と呼ばれる恐ろしい妖怪が潜んでいた。
牛鬼とは、頭が牛、首から下は鬼の胴体を持つとも、あるいはその逆で、頭が鬼、胴体が牛の場合もあるといわれている。
別の伝承では、牛の首に蜘蛛の胴体をしているともされる。海岸、山間部、森林、川や沼地、湖にも出没するという。
とくに淵に現われることが多いとされ、近畿地方や四国にはこの伝承が伝わる『牛鬼淵』『牛鬼滝』なる地名が残っているほどである。
性質は残忍、獰猛で、毒を吐き、老人や子供をさらい、食らい殺すと恐れられた。

この牛鬼による悪事はあまりにもひどく、島民の悩みの種であった。
それが嵩じて、多くの人々が家や畑を捨てて島外へ逃げ出すほどだった。
折しもそのころ、土佐の長宗我部家の家臣、橘諸兄の末裔に当たるという藤内図書橘道信と、
その弟、御旗三郎左衛門信重の2人が乗った船が時化にあい、漂流したのち牛島に流れ着いた。

ここはなんという島であろう。情報収集すべく道信たちが島を練り歩くものの、人家はあれども肝心の人影が見当たらない。
不思議に思い方々を探してみると、島の出らしい漁師たちと出会えた。
事情を聞くと、それもこれも牛鬼のしわざだと漁師たちは口をそろえて言う。
真相を知った道信たちは、すぐさま刀を差し、牛鬼征伐に向った。
ところが牛鬼は手ごわく、とても太刀打ちできそうにない。2人はひとまず本土の室積の浦へと撤退することにした。

地元の漁師に聞くところによれば、隣の三輪村に、城喜兵衛平朝臣高経とその弟の明兼という弓の名手が住んでいるとの情報をつかんだ。
道信たちは、さっそくその兄弟に会いに行き、弓の教えを乞うた。2人はめきめき上達し、名人の弓の技術を会得した。
十数日が経った。道信たちはふたたび牛島に渡り報復戦に望んだ。そして見事牛鬼を退治したのだった。

この牛鬼征伐の話は、今も橘道信の子孫に当たる牛島の藤内家、御旗信重の末裔だという小川家にそれぞれ記録として保存されており、
尊敬の対象だという。


牛鬼 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9B%E9%AC%B...
山口県光市牛島の牛鬼伝説
http://blog.goo.ne.jp/uchikonotemae/e/f4b11f9a73dec6...

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